口福料理店”福”の管理人が探る幸せになるための技術!
実在した福の神
今日は明治時代に生きる福の神といわれた人の話を紹介します。

せん。



仙台四郎は明治時代に実在した人物で、この四郎さんが立ち寄る店が皆繁盛した事から、「福の神」と言われるようになりました。

火の見櫓のそばに生家があったため、櫓下四郎とも呼ばれた聡明な子供だったが、7歳の時、花火見物中に、誤って広瀬川に転落して溺れ、1週間意識不明で生死の境をさまよいました。それが元で、知能の発達が遅れだし、言葉は「バアヤン」としか話さず、市中を歩き回って人に金品をもらったりしていました。その後四郎さんは街を徘徊するようになり、箒(ほうき)が立てかけてれば、勝手に店の前を掃いたり、店先にひしゃくを入れたままの水おけがあれば、これまた勝手に水をまく。といった行動をとったようです。やがて四郎さんが掃除した店は繁盛すると噂されるようになり、「福の神」と呼ばれるようになるわけですが、実際に四郎さんが立ち寄った店は客が入るようになったそうです。「四郎馬鹿(シロバカ)」などとも呼ばれましたが、立ち寄る店は必ず繁盛するとされたため、どこでも無料でもてなされました。 

四郎さんが「福の神」と噂されるようになると、わざと店の前に箒(ほうき)を立てかけたり水おけを置き、四郎さんを招き入れようとする店が増えたそうですが、そのような下心のある店には寄りつかなかったそうです。

写真が一枚だけ残っており、大正に入るころに、仙台市内の千葉写真館が「明治福の神(仙台四郎君)と銘打ってこの写真を売り出したました。このときから「仙台四郎」と呼ばれるようになったそうです。

山下清画伯と同じように、真にそこにいる人の良い心根と、はやり廃りを見抜く才能があったのかもしれません。

不思議なお話です。
2008年03月06日(木) 12:14
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